2026.02.07
コラム
「記憶」と「記録」、「手書き」と「デジタル」
NHKのクローズアップ現代で手書きについての放送がありました。
最近のデジタル化に伴い、ペンや鉛筆を持って手で書く機会が減り、漢字を忘れてしまっていたり、英語では筆記体を習っていない子どもたちが、筆記体で残された昔の書物を読むことができないなど紹介されていました。
またデジタル化に伴い、子供たちの学力が低下したという研究結果も出ているそうです。
これらの事からOECD各国や日本の学校でも、手書きでの学習回帰が進められているそうです。
回帰というと進んだところから戻るイメージですが、完全にデジタルをやめるという事ではなく、「記憶」という面で手書き学習が見直されているということです。

関心を持って視聴させていただきました。
と共に、これに付け加えたいことがあるのでここに個人的意見を書かせていただきます。
まず、デジタルの発展は長い人類の歴史上でいうとまだ短い年月です。急速に発展してきたのでアナログとデジタルの差を実感しているのだと思います。
放送の中で日本の学校の先生が「学び方を学ぶ」とおっしゃっていました。
なるほどです。そのお言葉をお借りして、、、ここでは
「使い方と使いどころを学ぶ」という言葉に置き換えたいと思います。
今回のタイトルは「記憶」と「記録」、そして「手書き」と「デジタル」です。
「記憶」に残すには「手書き」、「記録」に残すには「手書き」「デジタル」どちらもOKだと考えます。
まず子供たちが学習において「記憶」にに残すには、この番組内によるとやはり「手書き」が有効であることが研究結果において証明されました。
事実、私自身がIT資格の勉強をする際は、覚えるという観点では手書きで自分用の教科書を作るという作戦をとっています。その方が頭に入りますし、覚えたことも抜けにくいと実感しているからです。
一方、「記録」するという観点においては、手書き、デジタルの両方の選択肢があると思います。
「デジタル」のものにも利点があり、見やすさや大量データの保存や整理のしやすさ、処理の速さなどでは手書きに勝ります。情報を整理し、それを他者にわかりやすいものにしてアウトプットするには最適です。
探究活動がまさにそれにあたります。課題を見つけ、調べ、データを収集・分析し、プレゼンテーション資料を作成して実際に発表をする。
タブレット端末でタッチペンを用いて板書をすることも可能です。それらはデジタルであり、後に様々な活用利点があります。

回り道をしましたが、、、
「記憶」に残したい時には手書きは重要なツールである。
「記録」に残し、それを利活用する場合はデジタルが重要な役割を果たすツールである。
という事だと思います。
では今後の日本の子ども達はどの方向に向かうべきなのでしょうか。
今まで述べてきたように、それぞれには利点があります。
手書きの文化にプラスしてデジタルを手に入れた現代の私たち。
これらのツール(手書きのペンや鉛筆、タブレット端末やスマートフォン、パソコン)のそれぞれの利点を、まずはしっかりと理解します。
そのうえで、自分が置かれた状況や自分の特性によってどのツールを使うのかをしっかりと判断し、それを使いこなす力を習得することだと思います。
手書きも、タッチも、タイピングも、マウス操作も習得し、それらの「使い方と使いどころ」も習得し、それをアウトプットできることが最終目標ではないかと思います。
余談ですが、私自身、手の怪我によって書くことが困難になった時期がありました。そんな時にキーボードでの入力という操作ができたことは本当に有難いと思いました。もしこのスキルがなかったらどんなに落ち込んでいたことでしょう。
「文房具のようにデジタル機器も使いこなす」
手書きをなくす事が目標ではなく、ここに文部科学省がが掲げたこのGIGA構想の目標が原点にあるように思います。
最近のデジタル化に伴い、ペンや鉛筆を持って手で書く機会が減り、漢字を忘れてしまっていたり、英語では筆記体を習っていない子どもたちが、筆記体で残された昔の書物を読むことができないなど紹介されていました。
またデジタル化に伴い、子供たちの学力が低下したという研究結果も出ているそうです。
これらの事からOECD各国や日本の学校でも、手書きでの学習回帰が進められているそうです。
回帰というと進んだところから戻るイメージですが、完全にデジタルをやめるという事ではなく、「記憶」という面で手書き学習が見直されているということです。

関心を持って視聴させていただきました。
と共に、これに付け加えたいことがあるのでここに個人的意見を書かせていただきます。
まず、デジタルの発展は長い人類の歴史上でいうとまだ短い年月です。急速に発展してきたのでアナログとデジタルの差を実感しているのだと思います。
放送の中で日本の学校の先生が「学び方を学ぶ」とおっしゃっていました。
なるほどです。そのお言葉をお借りして、、、ここでは
「使い方と使いどころを学ぶ」という言葉に置き換えたいと思います。
今回のタイトルは「記憶」と「記録」、そして「手書き」と「デジタル」です。
「記憶」に残すには「手書き」、「記録」に残すには「手書き」「デジタル」どちらもOKだと考えます。
まず子供たちが学習において「記憶」にに残すには、この番組内によるとやはり「手書き」が有効であることが研究結果において証明されました。
事実、私自身がIT資格の勉強をする際は、覚えるという観点では手書きで自分用の教科書を作るという作戦をとっています。その方が頭に入りますし、覚えたことも抜けにくいと実感しているからです。
一方、「記録」するという観点においては、手書き、デジタルの両方の選択肢があると思います。
「デジタル」のものにも利点があり、見やすさや大量データの保存や整理のしやすさ、処理の速さなどでは手書きに勝ります。情報を整理し、それを他者にわかりやすいものにしてアウトプットするには最適です。
探究活動がまさにそれにあたります。課題を見つけ、調べ、データを収集・分析し、プレゼンテーション資料を作成して実際に発表をする。
タブレット端末でタッチペンを用いて板書をすることも可能です。それらはデジタルであり、後に様々な活用利点があります。

回り道をしましたが、、、
「記憶」に残したい時には手書きは重要なツールである。
「記録」に残し、それを利活用する場合はデジタルが重要な役割を果たすツールである。
という事だと思います。
では今後の日本の子ども達はどの方向に向かうべきなのでしょうか。
今まで述べてきたように、それぞれには利点があります。
手書きの文化にプラスしてデジタルを手に入れた現代の私たち。
これらのツール(手書きのペンや鉛筆、タブレット端末やスマートフォン、パソコン)のそれぞれの利点を、まずはしっかりと理解します。
そのうえで、自分が置かれた状況や自分の特性によってどのツールを使うのかをしっかりと判断し、それを使いこなす力を習得することだと思います。
手書きも、タッチも、タイピングも、マウス操作も習得し、それらの「使い方と使いどころ」も習得し、それをアウトプットできることが最終目標ではないかと思います。
余談ですが、私自身、手の怪我によって書くことが困難になった時期がありました。そんな時にキーボードでの入力という操作ができたことは本当に有難いと思いました。もしこのスキルがなかったらどんなに落ち込んでいたことでしょう。
「文房具のようにデジタル機器も使いこなす」
手書きをなくす事が目標ではなく、ここに文部科学省がが掲げたこのGIGA構想の目標が原点にあるように思います。












